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New York Timesの記事「ファイザーのコロナ・ワクチンについて11の知っておくべき知識」の紹介と解説

2020-11-16 Monday
2020-11-16

私のTwitterアカウントに、以下の内容を、2つのスレッド(23連続ツイートと13連続ツイート)で掲載しました(https://twitter.com/bk_yoo;2020年11月15日17:16と17:26)。これら2つのスレッドは余りに長いので、一つのエッセイの形として、ここにも掲載します。

1/36) ファイザーが11月9日に発表したコロナ・ワクチンの治験結果について、New York Times (NYT)が12日に、良い記事を出しました。以下でこの記事の紹介と、私の関連研究を含めた解説をします。NYTの記事のタイトルは「ファイザーのCOVIDワクチン:知っておくべき11の知識」。https://www.nytimes.com/live/2020/pfizer-covid-19-vaccine

2/36) 米国の大手製薬企業ファイザーがドイツの企業BioNTechと共同で開発した、新型コロナ・ワクチンの予備的(暫定的)な治験結果は、大規模な第Ⅲ相臨床試験で「90%以上の効果」があることで、世界の耳目を集めました。効果は、90%と100%でどう違うか、の解説を先ずします。https://www.nytimes.com/2020/11/09/health/covid-vaccine-pfizer.html

3/36)臨床試験の「仮想例」で説明します。2万人の被験者を、2つのグループに均等に分けて、グループ1にワクチンを、グループ2にプラセボ(効果ゼロの生理食塩水等)を接種します。その後、コロナの症状があり、PCR検査で診断確定した被験者の数が、グループ1と2で、それぞれ10と100なら、効果は90%。

4/36)すなわち、被験者数が同じ2つのグループで、アウトカム(この場合、症状とPCR検査陽性)の率を比較します。数式を用いると、アウトカムの率(病気の発生率とも呼ぶ)が、グループ2の「1万分の100」から、グループ1の「1万分の10」まで、減少した90%(=(100-10)/100))が、ワクチンの予防効果です。

5/36)この仮想例の延長として、グループ1で、アウトカム(症状とPCR検査陽性)の率をゼロとします。この場合、アウトカムの率(病気の発生率)が、グループ2の「1万分の100」から、グループ1の「1万分のゼロ」まで減少するので、ワクチンの予防効果は理論上最強の100%(=(100-ゼロ)/100))になります。

6/36)NYTの記事の知っておくべき知識その1は、ファイザーとBioNTechが開発した「ワクチンの効果は90%以上」。この効果計算の基になる治験の被験者数は約4万4千人、アウトカム(先の仮想例と同じ)を認めた被験者数は94人。この臨床試験は未だ途中ですので、今後この効果は変化する可能性があります。

7/36)知っておくべき知識その2は、「『90%以上の効果』が、どの程度良いかを判断するために必要な、比較すべき基準値」について。「米国連邦政府機関で、ワクチンの承認を行うFDA(食品医薬品局)は、『緊急承認』に必要な最低基準を50%としています」。他の疾患を予防するワクチンとの比較も有用。

8/36)(知識その2の続き)「季節性インフルエンザは、毎年ウイルスが変異するため、ワクチン効果も年により変動があり40%-60%。麻疹・はしかワクチンの効果は97%」と高い。長らく米国でインフルエンザ・ワクチンの研究に従事した私の知る限り、この分野の研究者の間では、30%が最低ラインの1つでした。

9/36)知っておくべき知識その3は、「ファイザーのワクチンの安全性」について。「これまでは、深刻な安全性に関する懸念は報告されていません。ファイザーのワクチンがFDAの承認を得て、百万人単位に接種されれば、FDAと、更に別の連邦政府機関CDC(疾病管理予防センター)が安全性を調査します。」

10/36)(知識その3の続き)「臨床試験の被験者は、安全性の調査を2年間受けます。」この様に、ワクチンの安全性は、開発した企業だけでなく、利益相反の恐れがない公的機関が、厳密な調査を行い十分な説明責任を負うべきと、私は考えます。安全性について社会から信頼を得る事は、感染終息に必須です。

11/36)知っておくべき知識その4は、「誰が最初にワクチンを受けるべきか?」について。「ファイザーが年内に製造可能な1.5-2千万人分のワクチンを、接種する優先順位は(米国では)厳密には決まっていません。優先順位が高いのは、感染リスクが高い人々(医療従事者と糖尿病患者等)になるでしょう。」

12/36)(知識その4の続き)「ファイザーは来年2021年に、6.5憶人分のワクチンを製造予定ですが、世界中からの需要を満たすには程遠い。他の種類のワクチンも今後効果を証明できれば、状況は改善するでしょう。」世界人口は77億人ですから、状況は楽観できません。

13/36)知っておくべき知識その5は、「一般の人々がワクチンを接種できる時期」です。楽観的な仮定の下で、「今年中に(米国内で)ワクチンが感染リスクの高い人々に限定して認可される可能性がある。」と書かれています。ということは、一般の人々は来年以降に接種できるようになるでしょう。

14/36)知っておくべき知識その6は、「現在進行中のファイザーの治験はいつ終わるか」です。注目を浴びているファイザーの治験は、未だ「中間発表」です。アウトカム(症状と診断あり)を認めた被験者数は、「中間発表で94人であり、最終的に164人集まるまで、治験は終わりません」。

15/36)(知識その6の続き)NYTの記事は、ここで、ワクチンの2種類の効果について詳解しています。上記の「臨床試験で測定するEfficacyよりも、ワクチンを接種した百万人単位の間でしか測定できないEffectiveness」の方が、現実の感染症対策の立案に有用であることは当然です。

16/36)「後者のEffectiveness」を計算する方法論上の困難さについての補足。先の(3)で説明した様に、臨床試験では、被験者を2つのグループに「均等(例、コインを投げて表ならグループ1)」に分けるので、2つのグループは、「ワクチンを接種したか否か」のみが異なり、健康状態・教育水準等は同じ。

17/36)政府の承認を受けたワクチンは、希望者全員に接種するので、「接種したグループ」と「接種していないグループ」では、健康状態・教育水準等の因子が著しく異なり得ます。これらの因子の違いを補正する、高度な統計学的手法を開発したヘックマン教授は、2000年にノーベル経済学賞を受賞しました。

18/36)以下は、ヘックマンの統計手法を用いて、インフルエンザワクチンのEffectivenessを、米国のビッグデータを用いて分析した私の論文です。残念ながら、この手法は、米国に比べると、日本の医療分野では十分に使われていません。今後のワクチン評価での状況改善を期待しますhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16626415/

19/36)知っておくべき知識その7は、ファイザー・ワクチンの「高齢者に対する効果」。高齢者は、ワクチンに対する免疫反応が弱い故に、効果が低い可能性があります。上記のファイザーの臨床試験に高齢者が含まれていますが、これまで高齢者の効果に関する発表はありません。今後発表されるでしょう。

20/36)知っておくべき知識その8は、ファイザー・ワクチンの「小児に対する効果」。「上記のファイザーの臨床試験の対象者は、最初は18歳以上、途中から16歳以上です。12歳以上の小児を対象にする別の臨床試験は、先月始まりました。」従って、16歳未満、特に12歳未満には、当分ワクチンはありません。

21/36)知っておくべき知識その9は、ファイザー・ワクチンの「開発に米国政府の資金援助があったか?」。2つの答えがあります。1つは「開発そのものへの援助はゼロ」。2つめの答えは、「効果を証明したワクチンを1億回分を供給すれば、成功報酬約2千億円という契約を、米政府と結んでいました」。

22/36)知っておくべき知識その10は、「他企業のワクチン開発に与える影響」。「成功例が1つ出たことで、他のワクチンも効果を持つという期待が高まった」との専門家の意見が引用されています。現在、大規模な第Ⅲ相試験を実施している他のワクチンは10あり、以下の記事が詳解。https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html

23/36)(知識その10の続き)上の追加記事は、約70ものワクチン開発もまとめています。日本からは、大阪大学を含む1グループのみが含まれます。このグループは、未だ大規模なⅢ相試験を開始していない、との「9月30日の最新報告」が掲載されています。多くのグループは11月・10月に最新報告を掲載。

24/36)知っておくべき知識その11は、「これからもマスク着用は続けるべき」です。「ワクチンは、既にある公衆衛生対策の役割に取って代るものではなく、追加対策にすぎない」との米国の公衆衛生専門家の言葉を紹介しています。また、ファイザーのワクチン効果の報告の「穴」にもNYTの記事は言及。

25/36)(知識その11の続き)この「穴」は、上記(4)で説明したアウトカムに関して、ファイザーはこれまで「症状」しか発表していない事です。つまり、無症状の感染を、ワクチンが予防できるか否か不明です。コロナの感染源の約25%を占める、無症状者の問題の詳解は以下参照。https://www.bkyoo.org/2020/11/11_1642.html 

26/36)(再び知識その11の続き)更に言えば、感染後の重症化(例、入院、死亡)を、予防できるか否かも不明です。治験の被験者で感染した164例では、重症化予防についてのワクチンの効果を、特に重症化しやすい高齢者の間で、評価するのは非常に困難だと、私は統計学の専門家の視点から考えています。

27/36)最後に、NYTの記事を踏まえて、日本の今後のコロナ対策への、私の提言を2つ説明。1つめは、ワクチン接種の優先順位についての方針を、幅広い意見を集めて議論した上で、早急に決めるべきです。優先順位をつける際に大事なことは、感染リスクが高い人々を最優先にするという原則の確認です。

28/36)(以下提言1の続き)感染リスクが高い人々を最優先にする原則は、実は、「無症状者を対象に含む社会的検査」の優先順位と同じです。世界標準のコロナ対策である「社会的検査」を、日本がサボり続けてきたツケがここにも回ってきました。具体的な基準は、健康状態と職場における感染リスクです。

29/36)健康状態を基にすれば、高齢者特に施設入所者、糖尿病等の慢性疾患だけでなく、様々な障がい(発達・知的・肢体)を持つ人々と、これらの人々をケアする医療・介護・教育分野の従事者の優先順位が高い。職場の感染リスクを基にすると、対面業務の多い流通産業・警察官の様な公務員も優先すべき。

30/36)そして、感染リスクが最も高い職業に就く傾向にあるのが、社会構造的な弱者である外国にルーツを持つ人々です。最も弱い人々を最優先に感染から守る事が、パンデミック収束に繋がることは、「国際的な常識」(文献参照)ですが、なぜか日本では真逆の政策が目立ちます。https://cdn1.sph.harvard.edu/wp-content/uploads/sites/2469/2014/03/4-Mann.pdf

31/36)間違っても採用してはならないのは、一部の論者が好きな「個人の生産性」を基にワクチンを分配することです。これに対し、経済学を学んだ私なら、「生産性の正しい測定方法は100種類以上あり、正しい測定法を1つに絞り込む根拠は、科学ではなく、価値観だから」という理由で直ちに却下できます。

32/36)これまで無数に作られてきたパニック映画で、共通(お約束)のシーンがあります。金と権力を持つ人々が、自分達だけ助かろうとして、早い段階で死ぬシーンです。人類が太古から伝えるこのメッセージは、今回のパンデミック下でのワクチン配分でも、当てはまりそうです。その理路は次で説明。

33/36)「最富裕層『1%』がワクチンを最初に受けて当然」が誤りである理由。ファイザーワクチンは接種後効果が出るまで4週間を要し、その後も予防効果は100%を下回ります。従って、社会全体の感染リスクが高い限り、ワクチンを接種した『1%』の人々の感染リスクも高いままで、映画同様抜け駆けは無理。

34/36)更に言えば、ワクチンは予防効果だけでなく、効果が持続する期間にも個人差があります。何よりインフルエンザ同様、コロナ・ウイルスも頻回に変異する結果、コロナ・ワクチンは無効になり得ます。ウイルスの変異に影響されない故に、社会的検査・隔離・追跡という対策は普遍的な効果を持ちます。

35/36)私からの2つめの提言。上述のように、阪大を含むグループのワクチン開発は、他国のグループに大きく水をあけられています。日本国内でのワクチン開発を中止し、その開発予算を、社会的検査を含む、普遍性と経済効率(下記参照)が高い感染症対策に振り向けるべきです。https://www.bkyoo.org/2020/11/11_1657.html

36/36)日本はこれまで、マスクですら、公正・効率的な方法で供給してきたとは言えません。今後の日本政府のワクチンの供給・分配次第で、社会が致命的に分断される上、感染終息が遠のく事が懸念されます。ウイルスが変異すれば直ちに無効になり得るワクチンは、追加的な対策に過ぎない事をお忘れなく。

(2020-11-16 18:38)